1046ワークス24口

とーしろさんの趣味よもやま話の通用口。

「『四月は君の嘘』追走!詳細設定・伏線考察Coda2」

君嘘の設定・伏線考察、第2回をお届けします~。

 

君嘘から学ぶ創作術が結構あるのも、

感想記事を書いていた理由です。

 

それは情緒的な部分だけでなくて、

こうしたら読み手がこう取る、とか、

ここのアクセントの為にこうするとか、

そういうテクニックが随所に垣間見えるんですよね、

君嘘は。

 

それと、

原作で結末を知ったうえで視た

ニコ生の一挙放送でも感じましたが、

11巻全44話にこれでもかってくらいふんだんに

ピースが散りばめられていて、

通して視ることでそれが連鎖的に嵌っていくんですよ。

 

ワンピースが長大なスパンでの伏線王なら、

君嘘は中編で異常な密度の伏線王です。

 

 

 

……などと、

という訳で、楽しく読み解いてみました。

七~色~シンフォニー♪ヽ(´∀`)9 ビシ!!

 

 

  

 

 

6.かつての飼い猫・チェルシー

 

公生の幼少期に飼われていて、

ピアニストの手を気付着けたという理由で、

早希さんに捨てられたチェルシー

 

この名前ですが、穿った見方をすると、

 

チェルシーはママの味

 

が思い浮かびます。

 

チェルシーの記憶は、母の厳しさと重なる。

また、チェルシーが捨てられたのは、

早希さんが厳しくなることを促したかもしれない。

 

ママの味が失われた、というメタファーにも感じます。

 

四月は97

 ©新川直司講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

 

ところで、

アニメ第1話のアバンで、

かをりがネコを追いかけているシーンに始まり、

3話のカフェ帰りの「にゃんこだ~」

とか、

公生にもすり寄ってきたり、

あげく車に轢かれて亡くなったネコ。

 

実はこれは、

かつて公生ママに捨てられたチェルシーが、

その後も野良として逞しく生き延びていて、

 

各所に出てくるネコは、

すべてチェルシーだったのではないか?

という疑惑が持ち上がります。

(いささかユメ膨らませた自分意見ですが)

 

これは、もしそうだとしたならば、

公生があれだけ後悔に苛まれて悲しんだことだったけれど、

案外近くでチェルシーは生き続けていて、

それは密かに、影で公生にとっての希望であったのではないか、

と捉えることもできます。

 

かをりと公生のひと時、

公生と椿の告白のシーン、

轢かれて公生に見届けられるチェルシー

 

もしそうだったら、良い話ですね。

 

そして、最終回で踏切の向こうにいたネコは、

実はその生き延びていたチェルシーの作った

子供ネコだったりしたら、

 

公生とかをり、二人の絆と記憶の象徴として

公生の希望はまだ生きていくんだよ、

という温かなメタファーに感じて、救われますね。

 

7.なぜネコが随所で出て来たか。

 

作中によく出てくるネコですが、

これはネコ自体が終盤に至って非業の死を遂げることからも、

かをりという存在とのリンクが挙げられます。

 

他にも、公生がかをりを指して、

「君はネコのよう」

と、その気紛れさと距離の取り方を重ねていますね。

 

公生の身近な『何か』を体現する役割として、

ネコがその役目を担っているのですが、

それは『囁く影』もそうであったように、

公生のトラウマ……すなわち、

母・早希さんを想起させる存在としても使われていますね。

 

四月は23

 ©新川直司講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

 

このネコの扱われ方に対しての、心理的な分析としては、

母に反抗した記憶の中で、

反抗せずに従った出来事が公生にとって根深いモノだった、

という事でしょう。

 

反抗しなかった事は、

自分にとって悔いが残る出来事だったけれど、それでも

チェルシーが捨てられるときに食い下がらなかった事で、

母とピアノと公生の関係は(ある程度穏便に)変わらずに

続けていられた。

 

それは、母に楽譜を投げつけ、

反抗の言葉をぶつけた時に比べれば、

公生にとってはましな経験だった。

 

当時は雨の公園で泣いた辛い出来事だったけれど、

そういう意味では悔いがあっても肯定も出来る。

チェルシーとの思い出はそういうモノであり、

 

またそれは、だからこそ公生の内で

拭えないしこりとなって残る事になった。

 

これが

 

母≒トラウマ≒ネコ

 

の図式なのだと解釈します。

 

それでピアノにまた触れて、

母の存在を想起すると、ネコも一緒に顕れてくる、と。

 

あのネコは、

公生にとっての、様々な怖れと、捨てきれない想い、

畏怖と執着心との象徴としてのスガタだったとも言えますね。

 

 

8.公生のトラウマ。

 

公生のトラウマ(心の傷)は、

ピアノの音が聴こえなくなることで顕れています。

その症状を引き起こした原因となるトラウマは、

一体、何だったのか。

 

四月は3

 ©新川直司講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

 

早希さんの存在がトラウマになっていることは、

殊更に言うまでもなく、視ていて知れることですが、

公生にそれを抱かせることになったのは、

つまりは何故母のことが心に棘となって残っているの?

それは何故かだったのか?

という事について少し語ります。

 

そもそも、ピアノのレッスンで

母親から過剰な指導として暴力を受けていた公生ですが、

それについては、

当時の公生個人は納得する解釈を持っています。

 

母の為にピアノのコンクールで優勝して、元気づけるため。

その為に過度に厳しくされても、

椿や渡などの友達と遊べなくとも、我慢できた。

 

だから、公正にトラウマを抱かせたのは、

(少なからずの因子はあるにしても)

母親の暴力ではなかったと言えます。

 

では、公生は何に苦しんでいたか。

 

根源的に、母親が亡くなったショックなんじゃないの?

という意見もあると思います。

それも当然あると思います。

けれど、公生にとっては、

母親に以前から症状が表れていることや、

入院が長いことなどで、

場合によっては母親が亡くなる、という予感めいたモノも

幼いながらも少なからずあったと思うのですよ。

(Coda1で椿のばあちゃんが亡くなるのも経ていますし)

 

その公生が、母親を喪失したということで、

ショックが強すぎて、

それで心因的に音が聴こえなくるものなのか。

 

そうだと言い切ってしまえば、そうだという事になります。

 

幼い子にとっての、まして最愛の母親の死が、

それ程の質量を以って公生の心を苛んだ、

その結果としての音の喪失だと、

そう言い切ってしまうことは出来ます。

 

けれど、君嘘の劇中では、それ以上が描かれ、提示されているのです。

 

ですから、単純にそれだけではなかった、という事なのでしょう。

 

母との記憶すべてから複合した結果の心の傷、

ということで、それは

前述のチェルシーの件もありますが、

じゅーしーは中でも、、

母との記憶の終幕を飾った出来事が大きい、

と考えています。

それは、

 

「お前なんか死んじゃえばいいんだ」

 

母親との最後の会話がそれになったら、

そりゃ公生でなくとも、誰でも後悔します。

 

これが起点となって、チェルシーの件も含めて、

公生にとっての母親の存在は、その記憶は

『後悔』に染まったモノとなった訳で、

この後悔に苛まされることがなければ、

 

早希さんが亡くなったという、それでけだったならば、

 

もしかしたら、公生は

重度のトラウマとして音が聴こえなくなることが

無かったのではないか?

とそうも解釈できます。

 

つまりは、それが公生の“音が聴こえなくなる”

という症状を発現させた根深い原因であるという訳ですね。

 

最愛の母親への、ありったけの反抗が作った『悔い』。

 

ですから、公生のトラウマは、母の喪失自体よりも、

反抗の仕方と、早希さんが死んだタイミングの所為であると、

そう言えます。

 

もしも、公生と早希さんの間にもう少しだけでも、

時間ないし、言葉があれば、

公生は違っていたかもしれない。

音が聴こえなくなるという障害を抱えずに済んだかもしれない。

 

まあ、それはそれで君嘘のかをりとの物語も変わってしまうので、

なんとも辛い話ではありますね。

 

9.公生は『いちご同盟』を読んでいた。その意味。

 

辛い事といえば、劇中では早希さんが亡くなったことも、

幼い公生には辛いことでしたよね。

 

けれど、時間は

公生に母親の記憶の中の辛かったモノを和らげ、

母親の遺影に「ただいま」の挨拶を告げさせ、

仏壇に月命日の花を供えさせる。

そして、13話での母との決別に至り、

公生は早希さんの事で辛いだけになることから解脱します。

 

それでも、公生の身の上には……心には哀しみが襲い来て、

今度は恋した女の子、かをりが死の淵に。

 

20話の嗚咽から、21話の公生宅で紘子さんも目の当たりにした、

彼のゼツボウ。

 

このシーンはよくよく思うと、かなり危険なんですよね。

公生を一人にする時間が長いと、

彼は心が痛すぎて、重すぎて、

自ら命を絶つ、という選択に奔らないとも、

誰にも言えなかったのです。

 

それだけの酷薄さ。

少年の心を裂く辛さ。

 

けれど、公生はそんな悲惨で哀れな選択をすることもなく、

学校に登校して机の手紙に気付くわけですが、

ここでよくよく考えると、公生はどうやって辛さに耐えて、

学校に出てくるまでに自分を持っていったのか?

という疑問が湧きます。

 

これには、

紘子さんが実は少しは支えになる事を言った、

という線や、

かをりはまだ死んだと決まった訳ではない、

と公生が踏ん張ることが出来た、

とも考えられます。

 

けれど、ここで『いちご同盟』の存在が浮かびます。

 

 

いちご同盟』の果たした役目

 

 

渡がかをりのお見舞いに、渡が持ってきた本。

その中の1冊が『いちご同盟』だったのですが、

この時、かをりは

この本の貸し出しカードに公生の名を見つけています。

 

そう、公生も『いちご同盟』を読んで、

この作品の内容を知っているのです。

 

いちご同盟』の内容を少し紐解くと、

主人公の良一は、自分の先のことを

どこか悲観ないししていて、

ニュースになった自殺した少年のことを

気にして受験をしていました。

 

心のどこかで、

そうしたモノに惹かれている少年だったんですね。

 

けれど、ヒロインの死に触れて、

良一はその誘惑を振り切って、

「生きるよ」

と答えています。

 

この作品を読んで知っている公生は、

だから同様にピアニストで、

同様に気になる女の子が病気で死を間近にしていても、

公生は

 

それでも自殺は選択しない、

 

という思考を導けたのではないかと、

いささか穿っているように感じますが、

そう考えることも出来るのです。

 

君嘘は様々な点で『いちご同盟』を踏襲していますが、

その同作は、実は

公生に「生きるよ」と

踏みとどまらせる役割をも果たしたのではないかと、

そういう考えが浮かびました。

 

 

  ―――――――――――――――――

 

一旦ここらで区切ります。

また明日に続きを更新いたします。

多分次でまとまる……はず。

 

いやあ、かをりみたいに美しい嘘が吐きたいです。

ではでは~。

 

 

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